
H2O
トビー・モース(Vo)、トッド・モース(Gt)、ラスティー・ピスタチオ(Gt)、アダム・ブレイク(Ba)、トッド・フレンド(Ds)の5人組、H2Oは1995年に結成された。当時、SICK OF IT ALLのローディーをしていたトビーが幼なじみであるラスティーを誘ったことからバンドはスタート。
デビューEP『7inch』をEqual Visionよりリリースし、さらにはMADBALLとのパフォーマンスを経て、SICK OF IT ALLのヨーロッパ・ツアーに同行。帰国後、ドラマー、トッド・フレンドとトビーの実兄のトッド・モースをバンドに迎え入れデビュー・アルバム『S/T』をBlackout Recordsより96年にリリースする。今にも爆発しそうなエネルギーがメロディアスなフック、ポジティヴなメッセージと一体となったH2Oサウンドを確立し、国内外問わず世界中のハードコア・キッズにその名を轟かせることに成功した。
バンドを更に強固なものにする為、アダム・ブレイクをスカウトし現在のライン・アップを完成させた後、1年以上のツアーを経てEpitaphからセカンド・アルバム『Thicker Than Water』(97年)をリリース。バンドは更なるツアーを続け、99年にリリースしたサード・アルバム『F.T.T.W.』は、EpitaphのヘッドであるBAD RELIGIONのブレットにプロデュースを委ね、H2O独自の世界観とメッセージを強く打ち出した最高傑作ともいえる楽曲が多く生まれた。さらにそれまでの彼らのキャリアをまとめたビデオ『Faster Than The World』(00年)はEpitaphでもっとも売れたビデオとなり、改めてH2O人気の凄さを証明することとなる。2000年、Epitaphを離れることを決めたH2Oはメジャー・レーベルであるMCAへ電撃移籍し、翌2001年に4作目となるアルバム『Go』を発表。この年には150-200回に及ぶショウを行い最もバンドが隆盛した時期に。メジャー移籍に対し賛否両論が沸き起こる中、NYからLAに拠点を移したトビーは、MADBALL、NEW FOUND GLORYのメンバーらとともにサイドプロジェクト・バンドHAZEN STを結成し、トッドはハリウッド女優ジュリエット・ルイス率いるJULIETTE & THE LICKSに参加するなど幅広い活躍を見せた。日本にも2ndアルバム『Thicker Than Water』以降、リリースの度にツアー。その勇姿に誰もが憧れ、感化され日本でも確実に一時代を築いて来ている。ここまでの4作の累計アルバム・セールスは実に30万枚にも及ぶ。
2003年~2005年辺りまで活動を中断させていたが、2005年のMADBALLとのヨーロッパ・ツアーを皮切りにTHE USED, PENNYWISE, DROPKICK MURPHYSとアメリカ・ツアー、2006年には初の南アメリカ・ツアーを敢行。その後もRANCIDとアメリカをツアー。2007年にも来日を行い数回ショウを行った。2008年、メジャー・レーベルMCAを離れH20としては約7年振りとなるニュー・アルバム『Nothing To Prove』をNEW FOUND GLORYのChad Gilbertプロデュースの元で製作。老舗ハードコア・レーベルBridge 9 Recordsよりリリース。ルーツを取り戻した強力なメロディック・ハードコア・サウンドで"シーン"に帰還したH2O。その後にSTRIKE ANYWHEREとBLACKLISTEDとのカップリング・ツアーにヘッドラインとして来日予定が直前のキャンセル。それからもヨーロッパを中心に幾度もツアーを行い、そして結成15年目となる今年2010年に『15 YEAR PLAN』と題してのワールド・ツアーを敢行。彼等のファンも多数いるここ日本にてヘッド・ライン・ツアーを行う事となる。

TITLE FIGHT
2003年にアメリカ、ペンシルバニアはキングストンにて学生時代に結成されたTITLE FIGHT。結成当初はBLINK-182やDESCENDENTS等に影響を受けたストレートなポップ・パンク・サウンドをプレイ。その中で幾つものデモを製作、ローカル・ショウをこなしてく内に地元ペンシルバニア州で少しづつ知名度を上げて行く。バンドの音楽性を探求しながらウィルキス・バレのハードコア・シーンで活動していた事と地元シーンの先輩COLD WORLDのメンバーの実弟がTITLE FIGHTメンバーに在籍する事からポップ・パンク・シーンだけでなくハードコア・シーンでもその名前を浸透させて行く。
結成から4枚のデモをリリースした後に、2007年に仲の良いTHE ERECTION KIDS(既に解散済)とスプリットをリリース。幾つかのミニ・ツアーをこなし、同年デビューEP「Kingston」をFLIGHT PLAN Recordsよりリリース。この時既に地元周辺では知られた存在となっていた為、この作品はすぐさまソールド・アウト。この辺りからバンドの噂は飛び火して行く事になり、メロディック・ポップ・パンク・シーンの大御所NEW FOUND GLORYやFOUR YEAR STRONGらからも支持を得て学生メンバーの可能な時期にショウを共にする程に。
2008年末にニューEP「The Last Thing You Forget」を製作。2009年にRUN FOR COVER Recordsよりリリース。再度ヴァイナルはすぐさまソールド・アウト。CDヴァージョンには前2作「Kingston」EPとThe Erection Kidsとのスプリットに収録されている楽曲を追加収録。それから暫くして同年に先に廃盤となっていたデビューEP「Kingston」をSIX FEET UNDER Recordsより再発。それもすぐさまソールド・アウトして現在はどちらも再プレスされている。
2009年はUNITED BLOOD, SOUND & FURY, THIS IS HARDCOREとアメリカのハードコア・フェスを総ナメ。出来るツアーをひたすらこなし知名度を確固たるものにしていく。
2010年初頭にはFOUR YEAR STRONGとのUSツアー、POLAR BEAR CLUB, SHOOK ONESとのUKツアー、SET YOUR GOALS, COMEBACK KIDとのUSツアーと多忙を極め、デビュー・アルバムの製作準備をしつつ、7月には前述の「The Last Thing You Forget」CDの日本盤をALLIANCE TRAXよりリリース、そして9月にはH2Oと共に日本に初来日ツアーを行う。 |